日記です


今朝も7時台に起床。朝ごはんはベースブレッドのレーズントースト。何となくつけたNHKの【小さな旅】、特に期待もせず観た三重の神島の話が良い感じでした。
日曜美術館】はゴッホ特集。ゴッホとテオの関係、そしてテオの妻ヨーの尽力などに焦点を当てていました。
洗濯は早めに。今日も暑いけれど、昨日より少しだけ雲もあったような。しかし外出はせず、読書に励みました。午後1時5分からはNHKの【首都圏オシ!】日本橋特集も視聴。たまには日本橋へも行きたいものです。せめてもう少し涼しくなったら……
お昼ごはんはフォー。ケンミンの袋麺です。昨夜の豚もやしや冷凍しておいたニラをのせたら良い感じになりました。
晩ごはんは無印の「辛くないグリーンカレー」でカレーライス。切干大根サラダも添えました。買い物や外食せず3食とも家で用意するのはいろいろ大変です。

二週間ぶりの大河ドラマ『べらぼう』は「佐野世直大明神」。
前回に引き続いての佐野政言による田沼意知殿中刃傷事件で幕を開けます。重傷を負った意知は、蝦夷のこと、そして誰袖花魁のことを頼むと言い残して、無念の死を遂げる。狙うならなぜ自分にしなかったかと嘆き悲しむ意次。
しかし意知の葬列や意次の乗る籠には石が投げつけられ、意知を襲撃しその科で切腹となった佐野政言は、米価高騰や飢饉などで幕府に不満を抱く庶民からは「世直し大明神」と讃えられる。

その頃、浅間山の噴火の影響で流民となった新之助・ふく夫婦が、蔦重を頼って江戸に戻って来る。ふたりに長屋を世話し、新之助に筆耕の仕事も与えた蔦重も、彼らの言葉によって庶民の本音を知る。
愛する意知を失った誰袖花魁こと「かをり」は、「仇を討って」と蔦重に訴え、また絶望のあまり一度は自らも死を考え、そして当座の仇である佐野政言が世を去った後も、狂ったように呪詛にのめり込む。
これについては前作の『光る君へ』同様「呪詛指導」が付き、演技の上では本物の呪詛や呪文と変えているそうです。自分も昨年の伊周殿の呪詛シーンなど思い出してしまいました。

かをりに笑顔を取り戻してほしい、出版人としてできる形で「仇」を討ってやりたいと模索する蔦重だが、意知の葬列に石を投げるよう煽動した大工と、佐野の墓所に「世直し大明神」の幟を立てた謎の浪人が同一人物であることにも気がつく。つまり「丈右衛門だった男」です。『鎌倉殿の13人』の善児のような暗殺専門ではなく、それも含めたあらゆる汚れ仕事や諜報活動に関わる、何とも嫌な有能ぶりです。
意知の件だけでなく、遡れば平賀源内の不審死も合わせ、田沼家を標的とした陰謀が進行していることを察知した蔦重は、意次と面会し、その疑念を述べると共に「仇を討つ」ことを願うが、意次は「仇を討ちたいならおれを討て!」と拒絶する。それは蔦重を巻き込みたくない心からでもあったが、しばらくして、蔦重の許に意次から「自分は自分のやり方で仇を討つ」と記した書状が届けられる。

意知の遺髪を胸に登城した意次。そこに通りかかる一橋治済。意知の死が伝えられた時には、息子の家斉と共に満足そうにカステラを頬張るなど、相変わらずのサイコパス(と言うより外道)っぷりを見せていた治済は、意次に向けてわざとらしい「お悔やみ」を述べるが──
自分は何も失ってはいない。意知はもはや毒にも刃にも倒れることのない「志」となった。志は死なない。たとえ自分が体を失っても、誰かの中で永遠に生き続ける。
そう言って笑う意次だが、去り際おもむろに治済に近づき「それがしにはやらなくてはならぬことが山のようにございますゆえ」と言い捨てる。
ここで一瞬の殺気を見せる渡辺謙さんが素晴らしい!意知を失ったショックで、それまで急激に老け込んだ姿を見せていただけに、その凄みが文字通り凄くて、さすがでした。
ツイッターでも言われていましたが、この時に右近将監(松平武元)殿の名前を出したり「毒にも刃にも」と言うあたり、あんたが全ての黒幕だということは知っているからな、と釘を刺したのでしょうね。さすがの治済も絶句するくらいでしたが、あの御仁のことゆえ、このさき更なる謀略を仕掛けてくることが心配です。
ともあれ、意次自身が言うようにまずは蝦夷問題を何とかしなくてはですが、そちらも平秩東作さんが店も本人も襲撃されるなど、不穏な動きが続いています。

そして北尾政演(山東京伝)が持ち込んだ手拭いの絵柄から、何かアイデアを思いついたらしい蔦重──というところで来週へ続く。
殺伐として陰惨な話が進行する中、ていさんの「お口巾着で」と、政演さんのいつもながらの「つったじゅうさぁ〜ん♪」だけが癒しでした。

大河の後はクラシック音楽館──ではなくて、今日は【古典芸能への招待】。八代目菊五郎および六代目菊之助襲名披露公演です。神田明神参拝やお練りも様子なども少し放送され、舞台はまず幹部総出演の口上から。梅玉さんの口上も楽しかったけれど、新菊五郎さんの幼馴染として長年家族ぐるみのつきあいがある当代團十郎さんの言葉にもジンときました。そのお二人の小さい頃から拝見してきた身としては。
その後は弁天小僧。これはやはり七代目の弁天、あるいは十八世勘三郎さんなどを思い出すとどうも……別に下手なわけではなく、ただ自分の中の弁天小僧を上書きできなかっただけですが。それにも増して南郷がまたどうにもこうにも困ったもので……意外と、と言ったら何ですが、團十郎さんの日本駄右衛門(玉島逸当)は良かったです。それでも七代目と十二代目で見られたような絶妙の「間」やケミストリーには及んでいなかったですが。極楽寺山門も、ちゃんと成田屋の風格が感じられました。
稲瀬川はご祝儀舞台ということで子役五人男。こちらの南郷は寺島しのぶさんの息子さんである寺島真秀くん。初めて拝見するけれど良かったです。

その後はNHKアガサ・クリスティ原作『殺人は容易だ』前編を流し見。原作通り、うさんくさい人たちが次から次へと登場しますが、主人公をナイジェリア人設定にしたことには何か意味があるのでしょうか?カッコいいアフリカ系の人ではなく、教養はあるけどいまいちサエない感じは、この役には合っているかも知れませんが。